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小林秀雄山脈の裾野散策(十六)
自他への眼指――祖述の試み――
大島 一彦
最近、暫くぶりに、「人生の鍛錬――小林秀雄の言葉」(新潮新書)を読返してみた。本書は小林秀雄全作品からの抜萃文集で、年代順に排列されてゐる。いづれも読みごたへのある文章だが、内容が多岐にわたつてゐるので、一つの文章に立止つて考へ込んでゐると、つい前に読んだところが頭から離れかねない。やはりかう云ふ本は一気に通読と云ふわけには行かないのかななどと思ひながら読み進むうちに、ふと或る思ひに捉へられた。論旨に繋がりのありさうな文章に付箋を貼つておいて、そこだけを再度通して読んでみるのである。実際にさうしてみたところ、幾つかの抜萃文を繋げることで一つの主題を持つ一篇が出来さうな気がして来た。今回はそれをやつてみようと思ふ。下世話な云ひ方をすれば他人の褌で相撲を取るわけだが、見方を変へれば一つの祖述の試みである。従つて、以下は、排列の順序を多少入替へただけで、すべて小林秀雄の文章である。引用者の言葉は一切ない。一篇の文章にするために敢へて引用文の出典は記さず(但し新潮新書の頁数だけを最後に記しておいた)、引用符も用ゐないことにした。仮名遣ひだけを歴史的仮名遣ひで統一した。表題を「自他への眼指」としてみたが、これは読手によつて別の表題も考へられよう。
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私は所謂慧眼といふものを恐れない。ある眼があるものを唯一つの側からしか眺められない処を、様々な角度から眺められる眼がある、さういふ眼を世人は慧眼と言つてゐる。つまり恐ろしくわかりのいい眼を言ふのであるが、わかりがいいなどといふ容易な人間能力なら、私だつて持つてゐる。私は慧眼に眺められてまごついた事はない。慧眼の出来る事はせいぜい私の虚言を見抜く位が関の山である。私に恐しいのは決して見ようとしないで見てゐる眼である。物を見るのに、どんな角度から眺めるかといふ事を必要としない眼、吾々がその眼の視点の自由度を定める事が出来ない態の眼である。
私といふ人間を一番理解してゐるのは、母親だと私は信じてゐる。母親が一番私を愛してゐるからだ。愛してゐるから私の性格を分析してみる事が無用なのだ。私の行動が辿れない事を少しも悲しまない。悲しまないから決してあやまたない。私といふ子供は「ああいふ奴だ」と思つてゐるのである。世にこれ程見事な理解といふものは考へられない。
自分の本当の姿が見附けたかつたら、自分といふものを一切見失ふまで、自己解析をつづける事。中途で止めるなら、初めからしない方が有益である。途中で見附ける自分の姿はみんな影に過ぎない。
自分といふものを一切見失ふ点、ここに確定的な線がひかれてゐる様に思ふ。こちら側には何物もない、向う側には他人だけがゐる。自分は定かな性格を全く持つてゐない。同時に、他人はめいめい確固たる性格であり、実体である様に見える。かういふ奇妙な風景に接して、はじめて他人といふものが自分を映してくれる唯一の歪んでゐない鏡だと合点する。
僕等が自分達の性格に関する他人の評言が気に食はぬのは、自分を一番よく知つてゐるのは自分だといふ自惚れに依るのでは恐らくないだらう。凡そ性格に関するはつきりした定義を恐れてゐるのだ。自分はどの様な人間にせよかくかくの人間だとどうしやうもなく決められるその事を、人性は何にもまして好まないのである。僕等は他人の性格に関しては、はつきりした知識を持つた気でゐる事が便利だが、自分自身の性格に関しては不得要領に構へてゐるのが便利である。いや便利と言ふより、己れの何物たるかをはつきりとは合点出来ない事が、僕等の生きるに必要な条件かも知れない。
自己反省の上手な人は、本当に自己を知る事が稀れなものだし、巧みに告白する人から本音が聞ける事も稀れである。反省は自己と信ずる姿を限りなく拵へ上げ勝ちであるし、さういふ姿を、或る事情なり条件なりに応じて都合よくあんばいする事は、どうしやうもなく人を自己告白といふ空疎な自慰に誘ふ。上手に語れる経験なぞは、経験でもなんでもない。はつきりと語れる自己などは、自己でもなんでもない。
僕は、僕にとつて、いつも個性といふ形式の下に統一された謎、そのどの様な解決も、断片的解決と感ぜざるを得ない様な全体的謎として現れる。この様な自己の姿が、いつも生き生きとして眼前にあるが為には、或る種の知的努力が必要である。といふより、謎の現実性をいよいよ痛切に経験する、といふ事が、少くとも人間に関しては真に知る事である。
人間は自分の姿といふものが漸次よく見えて来るにつれて、自己をあまり語らない様になつて来る。これを一般に人間が成熟して来ると言ふのである。人間は自己を視る事から決して始めやしない、自己を空想する処から始めるものだ。この法則は文学を志す様な人にはつよく現れるのである。元来理窟から言つて、自己の姿などといふものはいつまで経つても見えるわけのものではない。己れを知るとは自分の精神生活に関して自信をもつといふ事と少しも異つた事ではない。自信が出来るから自分といふものが見えたと感ずるのである。そしてこの自信を得るのにはどんな傑れた人物でも相当の時間を要するのだ、成熟する事を要するのだ。
友人が完全に理解出来たら友情もあるまい。それも、理解しても理解してもまだ理解出来ないところがある、といふ様な筋のものではあるまい。その様な事は友情に関するほんの一要素だ。或は一要素にもならなかつたりするものだ。友は、日に新たに理解出来なくとも、少しも差支へのない全体として現れる。愛情は、さういふ全体しか見やしない。
親しくしてゐる友達につき、この人はかういふ人と納得出来る人物像を、心の中に極めて自然に育ててゐないやうな人は、先づなからう。それは、言ふに言はれぬほど微妙なものであり乍ら、誰も、はつきりと完成された像と観じ、これを信じて疑はない。それは、意識して辿れるやうな経験ではなからう。むしろ、それが正直に心を開いて人と交はるといふ、その事だと端的に言つて了つた方がよからう。私達は、誰でもお互に、自分には思ひも及ばぬ己れの姿の全容を、相手に見て取られてゐるものだ。この謎めいた人間関係は、私達の日常の附合ひを、広く領してゐるが、又、あまり尋常なものだから、却つて深く隠されてもゐる。
(以上、「人生の鍛錬――小林秀雄の言葉」(新潮新書)より引用した頁は次の通りです。
16、26、36、68、105、127、59、83、235)
(この項了)
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