小林秀雄「本居宣長」を読む
「本居宣長」は小林先生が六十三歳から七十五歳までの十二年六か月をかけて書かれた畢生の大作です。江戸時代の古典学者本居宣長の学問は、「源氏物語」や「古事記」に「私たち日本人はこの人生をどう生きればよいのか」を尋ね、教わろうとした「道の学問」なのだと言われ、全五十章に思索の限りを尽くされました。
私たちの塾ではその五十章を一回に一章ずつひらき、それぞれの章に宣長の言葉はどういうふうに引かれているか、そして小林先生は、それらの言葉にどういうふうに向き合われているかを読み取っていきます。むろん毎回、「私たち日本人は、この人生をどう生きればよいか」をしっかり念頭においてです。
令和7年5月の講座ご案内
●5月8日(木)19:00~21:00
小林秀雄「本居宣長」を読む
※ご注意下さい
毎月第一木曜日に開いている講座「小林秀雄『本居宣長』を読む」は、本年5月の第一木曜日である1日がゴールデンウイークの真っ只中となっているため、一週間繰り下げて第二木曜日の5月8日に開きます。
第四十五章下「反面恩師、賀茂真淵の泣き所」
前回の4月3日には「反面恩師、賀茂真淵の暗さ」と見出しを立てて第四十五章を読みましたが、そのとき、第四十五章は小林先生が構築された「思想劇 本居宣長」のクライマックスであり、一夜の勉強会ではとても読み切れません、そこで第四十五章の大詰め、「小林秀雄全作品」(新潮社刊)で言えば第28集143頁の8行目以下は、次回、5月8日に精しく読みますとおことわりして先送りしました、その大詰めがいよいよです。
宣長は、前々から師真淵の古道観に不満を感じ、そういう不満を漫然とは外にも見せていましたが、真淵の古学の弱点、盲点を具体的に、明快に示さなければならない局面では容赦していない、そのことは宣長の「古事記伝」の註解から推察できると小林先生は言い、「古事記」のなかの「天若日子」の物語を「古事記伝」に即して読んでいきます、小林先生に指さされ、宣長が見ていた「真淵の泣き所」を、今回、私たちも目の当りにします。
●[小林秀雄「本居宣長」を読む]これまでの講座へ