事務局ごよみ(11) 江古田の杜で会いましょう
坂口 慶樹
私塾レコダの講座は、東京都中野区にある「江古田の杜、リブインラボ」を基地局としてオンライン(Zoom)でお送りしています。機材操作などすべての運営は、ボランティアスタッフの手で行われていて、私もその一員として、月に数回伺っています。 江古田の杜の北側には、広大な区立江古田の森公園があり、その広さは東京ドームの十三個分もあります。園内には、縄文時代の北江古田遺跡があり、土器や、漁撈に使用するオモリ(土錘)などが発掘されています。太古から人々の生活が営まれていた、自然が豊かな場所だったのです。公園の周りには、湧水から発する江古田川が流れていて、江古田の杜の横を流れたあとは、妙正寺川と合流します。その江古田川の河岸段丘の上に、江古田の杜があることになります。 私は、江古田での講義に伺う際には、舗装された道路を通り建物の正面から入るのではなく、あえて江古田川沿いの林の中を通る裏道の歩道をよく使っています。まさに古き武蔵野の雑木林といった風情で、川岸には桜やあじさいも植えられていて、花や紅葉、この時季であれば、ミンミンゼミ、ツクツクボウシとヒグラシによる三部合唱など、四季折々の風物を全身に浴びながら歩きます。もちろん、今晩の講義がどういう内容になるのか、期待に胸を高鳴らせながら歩きます。段丘の登り道を超えると、リブインラボがあり、受付で鍵を受け取って、基地局である「多目的ルーム」に入ります。 会場には、最低三人のスタッフが参加し準備を進めていきます。機材は常備してあり、丁寧で詳細なマニュアルにしたがって(とはいえ、何回か経験すると自然に身体が覚えてしまいますが)、机や照明器具を配置したあとに、パソコンやモニター、マイクやスピーカーなどの機材を接続します。Zoom上でのマイクやスピーカーの動作確認を終えると、あとは池田雅延講師の登場を待つのみとなります。 池田講師が、紙袋に入った多くの参考資料を両手に抱えて会場に到着しました。時間配分などの打ち合わせを済ませ、十九時の開講を待ちます。 「十秒前、九、八、七、六、五、四、三、二、一、どうぞ!」 講義が始まりました。 三人のスタッフは、池田講師を囲むように並べた机で、Zoomの操作を行いながら、講義を聴きます。いや、より正確に言えば、聴き入ります。いや、さらに正確に言うなら、自ずと聴き入るように自らの身体が仕向けられる、そういう感覚です。それでは、何にそう仕向けられるのか…… よくよく振り返って考えてみると、これは、講義の内容、すなわち池田講師が語る言葉の内容に、というだけではなさそうです。それに加えて、講師の身体や言葉から発せられる、眼に見えない熱のようなものに仕向けられると言った方がよい感じです。 以前、私には、池田講師が講義をしている様子が、暗いステージ上でスポットライトを浴びながら、バッハの無伴奏チェロ組曲を一心に弾く、熟練のチェリストに見えたことがありました。また、別の時には、高座で釈台をパンパーンと張り扇で叩きながら、絶妙に抑揚をつけて話す名講談師のように見えたこともありました。いずれの講義も、その光景が眼に焼き付いて離れません。これは、現地で直かに講師の話を聴くことができたからの役得でしょう。 ところで先日、ビオラ奏者の友人に誘われて、福岡県の柳川市民文化会館「水都やながわ」に足を運び、ポーランド出身のピアニスト、イグナツ・リシェツキさんがアーティスティックディレクターを務めるアンサンブルを聴いてきました。日本ではあまり馴染みのないポーランドの音楽家ヴィエニャフスキやモシュコフスキの作品に接することができたことに加え、ピアノと弦楽器の見事な合奏を堪能できました。 ホールもよかった。二〇二〇年に開館、当地出身の詩人の名を取り「白秋ホール」と命名され、すぐ横には、有名な柳川城の掘割(幅の広い水路)の水が、静かにゆったりと流れています。風に揺られる柳の木の間を、大勢のトンボが飛んでいます。さらには、そういう立地と共鳴するかのように、ホール内での音の響きも鮮明で心地よい。地域の周辺環境などの特性を十二分に活かしきったホールと演奏会に、今後の大きな可能性を感じながら水都をあとにしました。 さて、江古田の杜の基地局の状況に話を戻しましょう。 「それでは、皆さま、今晩もありがとうございました。Zoom配信を終了します……」 あっという間に、その晩の講義がお開きとなりました。資機材を片付け床をワイパーでさっと拭き上げ、池田講師をお送りし、受付に鍵を戻すとすべてが完了です。 再び、裏道の雑木林の坂を下りながら、次のようなことに思い至りました。私が「江古田の杜、リブインラボ」での池田講師の講義に聴き入ってしまうのは、講師の熱量やオーラに加えて、その周辺環境がやすらかな自然に恵まれていることとも大いに関係があるのではないか…… 気づけば、蝉しぐれもやんでいました。 私塾レコダでは、平日の夜に開催中である三講座の、基地局での機材操作など運営をお手伝いいただけるスタッフを、引き続き募集しています。初めは操作に不安がある方でも、先輩スタッフがやさしく教えてくれますので、大丈夫です。江古田の杜で、四季の移ろいを全身に浴びながら、一緒に池田講師のお話を聴きましょう。 ご興味おありの方は、事務局のメールアドレスまで、ぜひご一報をお願いいたします。
(了)