●大江 公樹
令和五年(二〇二三)九月七日
<小林秀雄「本居宣長」を読む>
第三十一章 新井白石の読み方
第三十一章では、『古事記』における神代の記述について、宣長の見方以外にどのやうなものがあつたか、述べられてゐました。「神は人也」といふ発想を信じた新井白石、「實に據つて事を記す」ことを目指した「大日本史」の編纂者たちが、いづれも神の世を切り捨ててしまつたといふ小林先生の考へを読み、歴史と向き合ふことが如何に難しいかといふことを、改めて考へさせられました。それと同時に、宣長が神の世の記述に対してどのやうに向き合つたのかといふことについて興味が湧き、この先の章を読むのが楽しみになつてをります。
今回も、池田先生と共に『本居宣長』を読むことを通して、小林先生の情熱を味はふことが出来ました。また現代の「水戸黄門」で描かれる黄門様、助さん、格さんにどのやうな史実が反映されてゐるかといふお話も、大変面白かつたです。
次回も楽しみにしてをります。
大江 公樹 <感想> 第三十一章 新井白石の読み方
目次