田中 純子 <感想> 「美を求める心」

田中 純子
 令和五年(二〇二三)十二月二十一日
<小林秀雄と人生を読む夕べ>
「美を求める心」
  (「小林秀雄全作品」第21集所収)

「美を求める心」は、昭和三十二年(一九五七)、小林秀雄さん五十五歳の年の作品だそうです。
昭和三十二年と言えば、戦後十二年……、唐突ですが、当時私は九歳、小学四年生でした。
 このたびの講義に参加して、「この作品が書かれた時点で、この作品に出会っていたとしたら、その時の私はどんな風に感じたろうか、受け止めただろうか……」という風な不思議な感覚に囚われました。
 そして一番印象に残ったのは、「この作品が小、中学生を対象に書かれたもの」だということでした。前々からそのことを知ってはいたのですが、なぜか新たな発見をしたように胸に迫ってきたのです。

 池田塾頭は、開口一番、「美を求める心」は小林秀雄先生の作品のエッセンスが詰まった作品です、そして小林先生の言われる「美」は、どんな場面でも『人生』と同じ意味合で言われています、と言われました。
 確かに言葉は優しいけれど、言わんとされているところは決して優しくはなく、思いを潜め、おのが生き方を深く見つめさせる力を持った作品だからこそ、子どもたちに向かってこの深い中身を真摯に語りかけられている小林秀雄さんの、子どもたちへの敬意や信頼が感じられ、その誠実さに心を打たれたのです。

 全くの私事で、ここに書くことにためらいがありますが、私は長く教員として中高生と向き合って来ました。常に力不足を感じてきましたが、揺るぎない素朴な信念もありました。
 教育とは、それぞれの子どもの持つ力を見極め(これが一番難しい)、その成長の手伝いをすることです。「子どもだから、わからない」などと言うことはない。悲しみも喜びもおとなと同様に(否、大人よりももっと鋭く)感じるもので、子どもたちは、自分にまっとうに向き合ってくれる大人を見極めます。
 これらは私自身が、ごく幼い頃から感じてきた悲しみや喜び、嫌悪や敬意が根っこにあって築かれた信念だと思っています。

 さて、この「美を求める心」を読むのは何度目だったでしょうか……。
 今回、塾の講義の予習段階で、また塾の講義に参加して、心に残ったことなどをいくつか挙げてみます。

 まず、「歌」や「詩人」についての記述を巡って。
「歌」とは(意味のわかる言葉ではなく)感じられる言葉の姿、形であって、「言葉によって、感動に姿を与えたもの」。強いが不安定な感動を、言葉を使って整えて動かぬ姿にしたもの。
 そして「詩人」とは、自分の悲しみに溺れず、負けず、これを見定め、これをはっきりと感じ、(取るに足らぬ小さな自分の悲しみを、粗末に扱わず、はっきり見定め)言葉の姿に整えてみせる人、言うに言われぬものを、工夫に工夫を重ねて姿にする人のこと。
 ここでなされている「詩人」の定義は、小林秀雄さんの指し示す、人の「生き方」(どう生きるか)そのものだと思いました。あるいは詩とは「本居宣長」で言われている『俗中の真』であることを、わかりやすく示してくださっていると言えるかも知れません。

 また、「歌」の姿が見た目の「姿」に関わるという記述も心に響きました。
「姿がいい」とは、姿勢や身体付きだけではなく、優しい心や人柄を含めて言われ、そういう姿を感じる能力や求める心は誰にでもあるが、養い育てようとしなければ衰弱してしまう、見るのも聴くのも、たゆまぬ努力を要し、訓練と努力が必要であるということ。
 優しい感情を持つとは、物事(美しいものの姿)をよく(正しく、豊かに)感じる心を持つことであり、それは立派な芸術が教えてくれるということ。
 絵や音楽は「解る」ものではなく、「楽しむ」「感動する」ものであって、感ずること、愛することが肝要であり、そのためには「沢山見たり聴いたりすること」「目や耳を慣らすこと」が大切であることを、野球選手、画家、音楽家の場合などを例に挙げてわかりやすく教えてくださいました。

 一分間、黙って物に見入ると、それまで見えていなかったものの姿が見えてくる、そしてその内から立ち上がってくる姿の美しさが見えてきます、ぜひ体験してみよう! と小林秀雄さんは呼びかけられます。

 最後に、もし実現したら……、どんなに素敵だろうと思う提案です。
 私が教員として高校の教科書で出会った(扱った)小林秀雄さんの作品として今覚えているのは、「近代絵画」の中の「モネ」と、「無常といふ事」くらいです。とても印象深かったけれど、若い人たちに小林秀雄さんの思いを取り次ぐことは全くできなかったように思います。
 では、二〇二四年(令和六年)を生きる現代の小、中学生に、この「美を求める心」を読ませてみたらどんなだろう、時間をかけて、抜粋・要約ではなく、全文を。学校、塾でも、予備校でも、個人でも集団でも……どこでもどんな形でもいいから、若い人たちの感想・意見をぜひ聴いてみたいと思います。
 これはまさに、大人(私)の生き方が問われる、覚悟の要る試みですが……。

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