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小林秀雄山脈の裾野散策(十八)
言霊について
大島 一彦
言霊と云ふのは古代の日本人に関する話であつて、現代人である我我には、少くとも私には、関はりのないものだと思つてゐたが、或るときふと或ることに気が附いて、待てよ、と思ふやうになつた。私も家内も特に神道を意識したことはないが、正月には気が向けば散歩を兼ねて近くの神社に出掛けて行く。賽錢箱に硬貨を投げ入れ、鈴を鳴らし、柏手はそのときの気分で打つたり打たなかつたり、ともかく頭を下げて、本年も宜しく、と云ふぐらゐの気持で帰つて来るのだが、振返つてみると、御神籤を引いた記憶が殆どない。別に理由を意識したことはなかつたが、ここで立止つて正直に心理を推し測つてみると、やはり不吉なことが記されてゐたら不愉快な気持になるだらうと云ふ思ひがあつたからではないか。たまに週刊誌などを見てゐて、今週の運勢などと云ふ欄があると、つい眼を逸らしてしまふのも同じ心理が働くからだらうと思ふ。と云ふことは、私の場合でも、理性の届かぬ無意識の部分では、言霊の力が働いてゐると云へるのではないか。
小林秀雄は「本居宣長」で、当然のことながら言霊に触れてゐるが、小林の説くところを聞く前に、一往言霊の概念を辞書で確めておかうと思ふ。
取敢へず「広辞苑」を引いてみると、「言霊に宿っている不思議な霊威。古代、その力が働いて言葉通りの事象がもたらされると信じられた」とある。その他手許にある小型の辞書を二、三引いてみたが、「宿っている」が「宿っていると信じられていた」に、「不思議な」が「神祕的な」に、「霊威」が「霊力」「力」「働き」などに云ひ換へられてゐるだけで、大体似たやうな語義である。但し飽くまでも「大体」であつて、厳密に考へると、「宿つてゐる霊威(霊力)」と「宿つてゐると信じられてゐた力(働き)」とでは、大分ニュアンスは異なる。
そこで、思ひ立つて、大槻文彦の「大言海」を覗いてみることにした。その「ことたま」の項にはかうある――「〔我ガ国、上古ハ、文字ナク、言語ノミニテ、万事ヲ伝ヘ来タリシカバ、尊ビテ、霊アリトセシナルベシ……〕我ガ国ノ言語ハ、久シキ事ヲ言伝ヘ、又ハ、微妙ニ事ヲ述ベ、自在ニ事ヲ相通ジタルコトヲ、特ニ、称揚ヘタル語ナルベク、即チ、言語ノ妙用ノ意ナルベシ。」ここで云ふ「言語」は話言葉のことであり、「事ヲ相通ジタル」は物事を理解し合つたの意であらう。この説明では「…ナルベク」「…ナルベシ」が利いてゐて、素直になるほどと受止められる。
この際なので、「古語大字典」(小学館)と「精選版日本語大辞典」(同)にも当つてみることにした。前者の「ことたま」の項には以下のやうな語誌が添へられてゐる――「上代では言語に霊力があり、願望・祝福の言葉を述べれば幸運や祝福が実現し、その反対に、不吉・怨恨の言葉を述べれば、その語により禍難・凶事が実現するという考え方があった。つまり、言語には霊力がこもっていて、その霊力が禍にも福にも働くと考えた。これが言霊信仰で、祝詞・寿詞・呪文・となえごと・諺・和歌・あいさつ語などの言語の内面にも言霊がひそんでおり、また、そのために言語を発するには相当の用意が必要であるとされたらしい。なお、外国語は意味不明なため、霊威が潜んでいるとは考えられず、わが国の言語にのみ言霊があるとして、日本語と外国語との重要な相違点ともされていた。」
序でに同辞典の「ことあげ(言挙げ)」の項を見ると、かうある――「上代における、いわゆる言霊信仰の一つで、口に出して言った『こと』は、そのまま事実となって実現すると信じられていたことに基づく。古くは『ことあげ』は禁忌とされ、非常・肝要の場合に、言霊の力を願って『ことあげ』が行われた。それが、吉言を口にすることによって幸福を願う一方、不吉な言葉を忌み慎しむ習慣となって残った。」
後者の「ことあげ(言揚・言挙)」の項には、「ことばに出して相手にいうこと。ことばに出して論ずること」とあつて、さらに「上代に見られる言霊に対する信仰のあらわれ。むやみに言葉として発してはかえって効力を失うとされ、よほど重大なことでない限り慎むことが要求された」とある。
同辞典の「こと(言・辞・詞)」の項には、「こと(事)と同語源」とあつて、かう記されてゐる――「古く、『こと』は『言』をも『事』をも表わすとされるが、これは一語に両義があるということではなく、『事』は『言』に表われたとき初めて知覚されるという古代人的発想に基づくもの。時代とともに『言』『事』の意味分化がすすみ、平安時代以降、『言』の意には『ことのは』『ことば』が多く用いられるようになる。」
言霊が迷信かさうでないか、物は云ひやうであつて、言葉を口に出すとその言葉どほりの事象がもたらされるとか、そのまま事実となつて実現するなどと云はれると、今日の常識では信じられないが、「事」は「言」に表れたときに初めて知覚されると云ふ云ひ方なら、今日の常識でも充分に納得出来ることで、ことさら「古代人的発想」とすることもないやうに思はれる。
たまたま中西進氏の「ひらがなでよめばわかる日本語のふしぎ」と云ふ本が手許にあるので、その「こと」の章を読んでみた。その中の一節――「私が『さくら』といってみると、みなさんは『桜』という『もの』を想像します。ところが、『さくらがさいた』というと、みなさんの頭のなかには、ふっと桜が咲くという『こと(事)』が思ひ浮かぶ。この『こと(事)』をつくり上げるのが『こと(言)』の作用です。つまり、『こと(言)』は、『もの』から『こと(事)』をつくる造形力をもっているのです。」
これは分り易い説明で無理なく受容れられる。次の文はどうか――「古代の人々にとって、『こと』として口に出すことと、『こと』をそこに造形せしめる作用とは、不可分のものであり、それほどことばと事物とは密着した関係にあったのです。」(傍点引用者)この「そこに」とはどこになのか。聞手の「頭のなかに」ならこれも納得出来る。もし「頭のなか」でないとしたら、私としてはちよつと待つてくれと云ひたくなる。
中西氏はさらにかう云つてゐる――「『ことだま』とは、文字どおり『こと』の『たま(魂)』。ことばに宿る霊力です。なぜことばに霊力があるのかというと、ことばにすると、ありもしないことがらが生まれるからです。ことばを口にすることで、実体としての存在である『こと』をつくりあげ、『こと』に宿る魂が、さまざまな作用を及ぼす。そのプロセスが、言霊信仰です。」(傍点同)かう云はれると、特に傍点を附した部分に違和感を覚えざるを得ない。古代ではさうだつたのだと云はれれば、私としてはほんとかしらと思ふだけである。但し、この傍点部分も、中西氏が、聞手の脳裡に生じるイメージやヴィジョンを念頭に置いて云つてゐるのであれば、話は別で、その点の表現が曖昧である。
ここで小林秀雄の云ふところを聞いてみよう。「本居宣長」の第三十四章でかう云つてゐる――
「上代の人々は、言葉には、人を動かす不思議な霊が宿つてゐる事を信じてゐたが、今日になつても、言葉の力を、どんな物的な力からも導き出す事が出来ずにゐる以上、これを過去の迷信として笑ひ去る事は出来ない。『言霊』といふ古語は、生活の中に織り込まれた言葉だつたが、『言霊信仰』といふ現代語は、机上のものだ。古代の人々が、言葉に固有な働きをそのまま認めて、これを言霊と呼んだのは、尋常な生活の智慧だつたので、特に信仰と呼ぶやうなものではなかつた。言つてみれば、それは、物を動かすのに道具が有効であるのを知つてゐたやうに、人の心を動かすのには、驚くほどの効果を現す言葉といふ道具の力を知つてゐたといふ事であつた。彼等は、生活人として、使用する道具のそれぞれの性質には精通してゐたに相違なく、道具を上手に使ふとは、又道具に上手に使はれる事だ、とよく承知してゐたであらう。従つて、舟で山を登らうとする人がなかつたやうに、呪文で山を動かさうとする人もゐなかつた筈である。そのやうな狂愚を、秩序ある社会生活を営む智慧が、許すわけがなかつたらう。天も海も山も、言葉の力で、少しも動ずる事はないが、これを眺める人の心は、僅かの言葉が作用しても動揺する。心動くものに、天も海も山も動くと見えるくらゐ当り前な事はない。
「天や海や山に、名を付けた時に、人々はこの『言辞の道』を歩き出したのである。天や海や山にしてみても、自分達を神と呼ばれてみれば、人間の仲間入りをせざるを得ず、其処に開けた人間との交はりは、言葉の上の工夫次第で、望むだけ、恐しくも、尊くも、豊かにもなつただらう。この自由な感情表現の行く道を、日常生活が歩く合理的な道と、人々は混同する筈はなかつたであらう。『太古朴陋の俗』で済ませるやうな事ではない。」
先に物は云ひやうだと云つたが、この小林の文には何の違和感もない。巧みな筆捌きで、今日の常識を逆撫ですることなく見事に言霊の本質を語つてゐる。
(この項了)
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