次回の講座ご案内

令和8年2月のご案内

 令和8年2月の≪私塾レコダ l’ecoda≫三講座は、次のように開きます。
講師  池田 雅延   

●3月12日(木)19:00~21:00

ご注意下さい、
「小林秀雄と人生を読む夕べ」は毎月第3木曜日に開講していますが、本年3月の第3木曜日19日は翌20日(金、祝日)から21日(土)、22日(日)と3連休にもなりますのでお休みとし、第2木曜日の12日に繰り上げて開講します。

 小林秀雄と人生を読む夕べ

   第一部 小林秀雄山脈五十五峰縦走
      第三十三峰「中原中也の思い出」(「小林秀雄全作品」17集所収) 
                      昭和二四年(一九四九)八月発表 四七歳
 
 中原中也は詩人です、大正十四年(一九二五)春、恋人とともに上京し、まもなく小林先生と知りあいますが、先生は秋、その中原の恋人と同棲します。この出来事について中原はほとんど語っておらず、小林先生も中原の死後、中原を思い出すなかで「悔恨の穴は暗くて深い」とだけ言い、そこから中原の全人生を覆っていた悲しみを思い出していきます。中原は、その悲しみを告白によって汲み尽そうとしたが、告白はまた新しい悲しみを作り出した……。小林先生の思い出は、中原と二人で見た鎌倉妙本寺境内の海棠かいどうの名木とともにあります、ですが、その海棠も、中原を追うかのように枯死しています。


   第二部 小林秀雄 生き方の徴(しるし)
     「悲し」という言葉

 小林先生の「中原中也の思い出」は、終盤に至って次のように言われます。
 ――中原の事を想う毎に、彼の人間の映像が鮮やかに浮び、彼の詩が薄れる。詩もとうとう救う事が出来なかった彼の悲しみを想うとは。それは確かに在ったのだ。彼を閉じ込めたたいの知れぬ悲しみが。彼は、それをひたすら告白によって汲み尽くそうと悩んだが、告白するとは、新しい悲しみを作り出す事に他ならなかったのである。……
 小林先生のこの言葉は、同じく小林先生の「モオツアルト」(「小林秀雄全作品」第15集所収)の、――モオツアルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙のうち玩弄がんろうするには美しすぎる。空の青さや海の匂いの様に、「万葉」の歌人が、その使用法をよく知っていた「かなし」という言葉の様にかなしい。……と響き合います。
 小林先生にあっては詩も音楽も批評も、「悲し」という言葉と一対でした、ということは、私たちが人生をより深く知るよすがは「悲し」であると言えるかもしれません。3月12日にはそのあたりの視野を広げようと思います。

●3月5日(木)19:00~21:00
   小林秀雄「本居宣長」を読む
「本居宣長補記Ⅰ」

 小林先生の「本居宣長」には二部構成の「補記」があり、昭和52年10月の『本居宣長』刊行から4年6カ月後、昭和57年4月に刊行されて今では「小林秀雄全作品」の第28集にも入っていますが、私たちの「私塾レコダ」では「本居宣長」全五十章に続いて「本居宣長補記Ⅰ」「同Ⅱ」を読んでいきます、ご期待下さい。

●3月26日(木)19:00~21:00
   新潮日本古典集成で読む「萬葉」秀歌百首

   今月の「秀歌」は次の二首です。


    近江あふみうみ 夕波千鳥 が鳴けば
     心もしのに いにしへ思ほゆ
              柿本人麻呂[266]30

    田子たごの浦ゆ うちでて見れば 真白ましろにぞ
     富士の高嶺に雪は降りける
              山部赤人[318]31

  ・末尾の[ ]内は新潮日本古典集成『萬葉集』の歌頭に打たれている   
   『国歌大観』の歌番号、その次の数字は今回の秀歌百首の通し番号です。