学びの思い出
新潮日本古典集成で読む「萬葉」秀歌百首 これまでの鑑賞歌
たまきはる 宇智の大野に 馬並めて
朝踏ますらむ その草深野
中皇命[4]1
熟田津に 船乗りせむと 月待てば
潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな
額田王[8]2
海神の 豊旗雲に 入日さし
今夜の月夜 さやけくありこそ
中大兄皇子[15]3
あかねさす 紫野行き 標野行き
野守は見ずや 君が袖振る
額田王[20]4
紫草の にほへる妹を 憎くあらば
人妻故に 我れ恋ひめやも
大海人皇子[21]5
川の上の ゆつ岩群に 草生(む)さず
常にもがもな 常処女にて
吹芡刀自[22]6
春過ぎて 夏来たるらし 白栲の
衣干したり 天の香具山
持統天皇[28]7
楽浪の 志賀の大わだ 淀むとも
昔の人に またも逢はめやも
柿本人麻呂[31]8
東の 野にかぎろひの 立つ見えて
かへり見すれば 月かたぶきぬ
柿本人麻呂[48]9
采女の 袖吹きかへす 明日香風
都を遠み いたづらに吹く
志貴皇子[51]10
いづくにか 舟泊てすらむ 安礼の崎
漕ぎ廻み行きし 棚なし小舟
高市黒人[58]11
葦辺行く 鴨の羽がひに 霜降りて
寒き夕は 大和し思ほゆ
志貴皇子[64]12
うらさぶる 心さまねし ひさかたの
天のしぐれの 流れ合ふ見れば
長田王[82]13
秋の田の 穂の上に霧らふ 朝霞
いつへの方に 我が恋やまむ
磐姫皇后[88]14
我が背子を 大和へ遣ると さ夜更けて
暁露に 我が立ち濡れし
大伯皇子[105]15
あしひきの 山のしづくに 妹待つと
我れ立ち濡れぬ 山のしづくに
大津皇子[107]16
笹の葉は み山もさやに さやげども
我れは妹思ふ 別れ来ぬれば
柿本人麻呂[133]17
岩代の 浜松が枝を 引き結び
ま幸くあらば また帰り見む
有間皇子[141]18
天の原 振り放け見れば 大君の
御寿は長く 天足らしたり
倭姫皇后[147]19
山吹の 立ちよそひたる 山清水
汲みに行かめど 道の知らなく
高市皇子[158]20
うつそみの 人にある我れや 明日よりは
二上山を 弟背と我れ見む
大伯皇子[165]21
磯の上に 生ふる馬酔木を 手折らめど
見すべき君が 在りと言はなくに
穂積皇子[166]22
朝日照る 島の御門に おほほしく
人音もせねば まうら悲しも
島の宮の舎人[189]23
降る雪は あはにな降りそ 吉隠の
豬養の岡の 寒くあらまくに
穂積皇子[203]24
去年見てし 秋の月夜は 照らせども
相見し妹は いや年離る
柿本人麻呂[211]25
鴨山の 岩根しまける 我れをかも
知らにと妹が 待ちつつあるらむ
柿本人麻呂[223]26
大君は 神にしませば 天雲の
雷の上に 廬らせるかも
柿本人麻呂[235]27
淡路の 野島の崎の 浜風に
妹が結びし 紐吹き返す
柿本人麻呂[251]28
もののふの 八十宇治川の 網代木に
いさよふ波の ゆくへ知らずも
柿本人麻呂[264]29
近江の海 夕波千鳥汝が鳴けば
心もしのに いにしへ思ほゆ
柿本人麻呂[266]30
田子の浦ゆ うち出でて見れば 真白にぞ
富士の高嶺に 雪は降りける
山部赤人[318]31
あをによし 奈良の都は 咲く花の
にほふがごとく 今盛りなり
小野老[328]32
験なき ものを思はずは 一坏の
濁れる酒を 飲むべくあるらし
大伴旅人[338]33
百伝ふ 磐余の池に 鳴く鴨を
今日のみ見てや 雲隠りなむ
大津皇子[416]34
八雲さす 出雲の子らが 黒髪は
吉野の川の 沖になづさふ
柿本人麻呂[430]35
我妹子が 植ゑし梅の木 見るごとに
心むせつつ 涙し流る
大伴旅人[453]36
かくのみに ありけるものを 萩の花
咲きてありやと 問ひし君はも
余明軍[455]37
君待つと 我が恋居れば 我がやどの
簾動かし 秋の風吹く
額田王[488]38
風をだに 恋ふるは羨し 風をだに
来むとし待たば 何か歎かむ
鏡王女[489]39
我が宿の 夕影草の 白露の
消ぬがにもとな 思ほゆるかも
笠郎女[594]40
目には見て 手には取らえぬ 月の内の
楓のごとき 妹をいかにせむ
湯原王[632]41
青山を 横ぎる雲の いちしろく
我れと笑まして 人に知らゆな
大伴坂上郎女[688]42
夕闇は 道たづたづし 月待ちて
行ませ我が背子 その間にも見む
大宅女[709]43
妹が見し 楝の花は 散りぬべし
我が泣く涙 いまだ干なくに
山上憶良[798]44
常知らぬ 道の長手を くれくれと
いかにか行かむ 糧はなしに
山上憶良[888]45
若ければ 道行き知らじ 賄はせむ
黄泉の使 負ひて通らせ
山上憶良[905]46
み吉野の 象山の際の 木末には
ここだも騒く 鳥の声かも
山部赤人[924]47
ぬばたまの 夜の更けゆけば 久木生ふる
清き川原に 千鳥しば鳴く
山部赤人[925]48
士やも 空しくあるべき 万代に
語り継ぐべき 名は立てずして
山上憶良[978]49
一つ松 幾夜か経ぬる 吹く風の
音の清きは 年深みかも
市原王[1042]50
あしひきの 山川の瀬の 鳴るなへに
弓月が岳に 雲立ちわたる
人麻呂歌集[1088]51
大海に 島もあらなくに 海原の
たゆたふ波に 立てる白雲
作者未詳[1089]52
ぬばたまの 夜さり来れば 巻向の
川音高しも あらしかも疾き
作者未詳[1101]53
石走る 垂水の上の さわらびの
萌え出づる春に なりにけるかも
作者未詳[1418]54
かはづ鳴く 神なび川に 影見えて
今か咲くらむ 山吹の花
厚見王[1435]55
夏の野の 茂みに咲ける 姫百合の
知らえぬ恋は 苦しきものぞ
大伴坂上郎女[1500]56
夕されば 小倉の山に 鳴く鹿は
今夜は鳴かず 寐ねにけらしも
舒明天皇[1511]57
泊瀬川 夕渡り来て 我妹子が
家のかな門に 近づきにけり
人麻呂歌集[1775]58
旅人の 宿りせむ野に 霜降らば
我が子羽ぐくめ 天の鶴群
遣唐使の母[1791]59
ひさかたの 天の香具山 この夕
霞たなびく 春立つらしも
人麻呂歌集[1812]60
萩の花 咲けるを見れば 君に逢はず
まことも久に なりにけるかも
作者未詳[2280]61
巻向の 檜原もいまだ 雲居ねば
小松が末ゆ 沫雪流る
人麻呂歌集[2314]62
我背子を 今か今かと 出で見れば
沫雪降れり 庭もほどろに
作者未詳[2323]63
朝影に 我が身みはなりぬ 玉かきる
ほのかに見えて 去にし子ゆゑに
人麻呂歌集[2394]64
行き行きて 逢はぬ妹ゆゑ ひさかたの
天の露霜に 濡れにけるかも
人麻呂歌集[2395]65
燈火の 影にかがよふ うつせみの
妹が笑まひし 面影に見ゆ
作者未詳[2642]66
窓越しに 月おし照りて あしひきの
あらし吹く夜は 君をしぞ思ふ
作者未詳[2679]67
桜花 咲きかも散ると 見るまでに
誰れかもここに 見えて散り行く
人麻呂歌集[3129]68
逢坂を うち出でて見れば 近江の海
白木綿花に 波立ちわたる
作者未詳[3238]69
磯城島の 大和の国に 人ふたり
ありとし思はば 何か嘆かむ
作者未詳[3249]70
伎倍人の まだら衾に 綿さはだ
入りなましもの 妹が小床に
東歌[3354]71
足柄の 箱根の山に 粟蒔きて
実とはなれるを 粟無くもあやし
東歌[3364]72
上つ毛野 安蘇のま麻群むら かき抱き
寝れど飽かぬを あどか我がせむ
東歌[3404]73
稲搗けば かかる我が手を 今夜もか
殿の若子が 取りて嘆かむ
東歌[3459]74
烏とふ 大をそ鳥の まさでにも
来まさぬ君を ころくとぞ鳴く
東歌[3521]75
あずの上に 駒を繋ぎて 危ほかど
人妻子ろを 息に我がする
東歌[3539]76
君が行く 海辺の宿に 霧立たば
我が立ち嘆く 息と知りませ
遣新羅使人の妻[3580]77
君が行く 道の長手を 繰り畳ね
焼き滅ぼさむ 天の火もがも
狭野弟上娘子[3724]78
帰りける 人来れりと 言ひしかば
ほとほと死にき 君かと思ひて
狭野弟上娘子[3772]79
さし鍋に 湯沸かせ子ども 櫟津の
檜橋より来む 狐に浴むさむ
長意吉麻呂[3824]80
ぬばたまの 斐太の大黒 見るごとに
巨勢の小黒し 思ほゆるかも
土師水通[3844]81
このころの 我が恋力 記し集め
功に申さば 五位の冠
作者未詳[3858]82
家にても たゆたふ命 波の上に
思ひし居れば 奥か知らずも
大伴旅人の傔従[3896]83
天皇の 御代栄えむと 東なる
陸奥山に 金花咲く
大伴家持[4097]84
春の園 紅にほふ 桃の花
下照る道に 出で立つ娘子
大伴家持[4139]85
もののふの 八十娘子らが 汲み乱ふ
寺井の上の 堅香子の花
大伴家持[4143]86
朝床に 聞けば遥けし 射水川
朝漕ぎしつつ 唱ふ舟人
大伴家持[4150]87
春の野に 霞たなびき うら悲し
この夕影に うぐひす鳴くも
大伴家持[4290]88
我がやどの いささ群竹 吹く風の
音のかそけき この夕かも
大伴家持[4291]89
うらうらに 照れる春日に ひばり上り
心悲しも ひとりし思へば
大伴家持[4292]90
我が妻は いたく恋ひらし 飲む水に
影さへ見えて よに忘られず
遠海の防人[4322]91
百隈の 道は来にしを またさらに
八十島過ぎて 別れか行かむ
上総の防人[4349]92
葦垣の 隈処に立ちて 我妹子が
袖もしほほに 泣きしぞ思はゆ
上総の防人[4357]93
ふたほがみ 悪しけ人なり あたゆまひ
我がする時に 防人にさす
下野の防人[4382]94
海原に 霞たなびき 鶴が音の
悲しき宵は 国辺し思ほゆ
大伴家持[4399]95
家思ふと 寐を寝ず居れば
鶴が鳴く 葦辺も見えず 春の霞に
大伴家持[4400]96
韓衣 裾に取り付き 泣く子らを
置きてぞ来のや 母なしにして
信濃の防人[4401]97
赤駒を 山野にはかし 捕りかにて
多摩の横山 徒歩ゆか遣らむ
武蔵の防人の妻[4417]98
・末尾の[ ]内は新潮日本古典集成『萬葉集』の歌頭に打たれている
『国歌大観』の歌番号、その次の数字は今回の秀歌百首の通し番号です。
各歌末尾の[ ]内は新潮日本古典集成『萬葉集』の歌頭に打たれている『国歌大観』の歌番号、次の数字は今回の「『萬葉』秀歌百首」の通し番号です。