小林秀雄「本居宣長」を読む(四十二)
第二十一章 県居大人の御前にのみ申せる詞
池田 雅延
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前回、小林先生が、先生と同じ文芸批評家の中村光夫さんと私池田を前にして、「批評は引用に尽きるのだよ、批評しようとしている文章のここぞと思える箇所が引用できたら、もう批評家の評言などは一言も要らないのだよ」と力をこめて言われた経緯と場面についてお話ししましたが、今回、同じく本誌の「小林秀雄「『本居宣長』を読む」で第二十一章を読もうと何度めかの熟読を始めていた私の耳に、小林先生のあの声が響きました、「批評は引用に尽きるのだよ、批評しようとしている文章のここぞと思える箇所が引用できたら、もう批評家の評言などは一言も要らないのだよ」……。私池田は批評家ではなく読者のひとりにすぎないのですが、先生のこの声がいままた聞こえるまでは第二十一章のどこに焦点を見出すべきかと目を皿にして読んでいました、ところが、先生の声が聞こえるや、「全文だ、第二十一章は全文だ!」と私は心中で叫んで第二十一章をさらに熟読しました、そうでした、やはりそうでした、第二十一章は、第二十章の後篇が宣長と真淵の師弟劇として書かれているのです。ということは、第二十一章は全文が「ここぞと言える箇所」なのです。そこで本誌にはWeb雑誌の利点を活かして第二十一章を全文、五回に分けて引くこととし、第一回の今回は「小林秀雄全作品」(新潮社刊)第27集の234頁から236頁の中ほどまでを以下のように引きますが、先生の戒めに準じて私も私の評言めいた文言はいっさい無用とします。
―― 二十一
(県居大人、即ち賀茂真淵からの/池田註記)破門状を受け取った宣長は、事情の一切を感じ取ったであろうし、その心事は、大変複雑なものだったに違いない。だが、忖度は無用であろう。彼が直ちにとった決断を記すれば足りる。彼は、「県居大人の御前にのみ申せる詞」と題する一文を、古文で草して真淵に送った。私の考えは端的である。宣長は、複雑な自己の心理などに、かかずらう興味を、全く持っていなかったと思う。これは書簡ではない。むしろ作品である。全文を引用して置いても無駄ではあるまい。
「さきざき万葉集に、いぶかしきくさぐさ、書きつらねて、つぎつぎに、問ひあきらめ、又宣長がつたなき心に、おふけなく思ひ得たる事どもをも、かつがつ書きまじへて、よきあしき断り給へと、こひ申せる、条々の中に、いと横さまに強ひたることども、これかれ交れり。今より後、かくさまのことは、謹みてよと、深くいさめ給ふ、命をかゞふりて、いともいともかしこみ、はぢ思ふが中に、かの集の巻のつぎつぎ、刈菰の乱れてあるを、浅茅原つばらつばらに、分きため正し給へる、大人の御心にたがひて、これはた、おのが思しきまにまに、ことさまにしも、論ひさだめて、こゝろみに、見せ奉りし事はしも、いま思へば、いと礼なく、かしこきわざになも有ける、かれ、今のみの詞をさゝげて、かしこまり申す事を、平らけく、きこしめさへ、又うたがはしき事は、猶はらぬちに、積みたくはひ置きて、開く時をし待つべきものぞと、教へ給へる、まことに然はあれども、しか疑ひつゝのみあらむに、おろかなる心は、いつかも晴るく時あらまし、然るに今大人の、御盛りに上つ代の道を唱へます世に、生れあひて、雲ばなれ退きをる身は、御むしろの端つ方にも、えさもらはぬものから、其人かずには、数まへられ奉りて、心ばかりは、朝よひ去らず、御許に行きかひつゝ、百重山重なる道の長手はあれど、玉づさのたよりにつけては、とひ申す事どもを、いさゝかもかくさふ事なく、菅の根のねもごろに、教へ給ひ、さとし給へば、しぬばしき古への事は、ますみの鏡に向へらむ如くに、霊幸ふ神の御世まで、残るくまなくなも有ける、かゝるさきはひをしも、えてしあれば、おろかなる心に、つもる疑ひは、おのづから開けむ世を、待つべきにしあらずと思へば、かつがつも思ひよれるすぢは、さらに心に残すことなく、おもほしきまにまに、申しこゝろみ、あげつらふになも、そが中には、強ひたるもひがめるも、多かるべけれど、本より墨染のくらき心には、それはた、えしもわきまへ知らねば、よきもあしきも、たゞ明らけき大人のことわりを待ちてこそと、ひたぶるに打ちたのみてなも、かれ今行くさきも、なほさるふしのあらむには、しかおもほしなだらめて、罪おかし、あやまてらむをも、神直日大直日に、見直し、聞直したまへと、かしこみかしこみも申す」(「鈴屋集」六)……
――真淵は、これに、「前に万葉次第の事により、所レ存申進候を、御丁寧に被レ仰聞候。左様に候はゞ、隔意申まじく候。惣ていまだしき御考多し。随分御考或はつゝしみ候て、御問は有べき事也」(明和四年正月五日)と答えた。宣長の文の、あたかも再入門の誓詞の如き姿を見て、これを率直に受容れれば、真淵にはもう余計な事を思う必要はなかったであろう。意見の相違よりもっと深いところで、学問の道が、二人を結んでいた。師弟は期せずして、それを、互に確め合った事になる。これは立派な事だ。……
(つづく)