𠮷田 美佐  「美を求める心」と素読塾

●𠮷田 美佐
 令和五年(二〇二三)十二月二十一日
<小林秀雄と人生を読む夕べ>
「美を求める心」
(「小林秀雄全作品」第21集所収)

「美を求める心」と素読塾

 本年(令和五年)十二月の「小林秀雄と人生を読む夕べ」では、「美を求める心」が取り上げられました。これは、池田雅延塾頭が、小林秀雄先生の作品でまず何を読んだらいいかと尋ねられた時に、老若男女を問わず勧めていらっしゃる作品です。毎回背筋が伸びる思いで参加しておりますが、今回は特に、ひとかたならぬ思いで受講させて頂きました。

 池田塾頭はご講義で、本文の、特に大切とされる部分を全て読み上げてくださいました。その中で「例えば、諸君が野原を歩いていて一輪の美しい花の咲いているのを見たとする。見ると、それはすみれの花だとわかる。何だ、菫の花か、と思った瞬間に、諸君はもう花の形も色も見るのをめるでしょう。諸君は心の中でお喋りをしたのです。菫の花という言葉が、諸君の心のうちに這入はいって来れば、諸君は、もう眼を閉じるのです。それほど、黙って物を見るという事は難かしいことです」(同上、P246)という部分が最も心に響きました。以前の私は、確かに言葉で何でもわかろうとする物の見方をしていました。そのような気づきが生まれるのも、池田塾頭が、文章を要約することなく、時には繰り返し、丁寧に読んで聞かせてくださることにより、自分で黙読するよりも、小林先生の文章の姿をそのまま感じることができるからだと思います。
 さらに塾頭は「これはと直感するものがあったら1分間立ち止まってその姿に見入りなさい。こういう物の姿に見入る生活習慣を身につけることで人を見る目も養われます」と言われました。このような考え方を全く知らない自分のままでいたなら、生き方はまるで違うものになっていたであろうと思い、小林先生の作品を正しく読み、実人生に活かしていけるよう池田塾頭が導いてくださる「私塾レコダ l’ecoda」に出会えた幸せを、毎回ひしひしと感じております。

 さて、冒頭で「ひとかたならぬ思いで受講した」と書きましたのは、私が、広島で、夫の吉田宏と共に「美を求める心」の素読塾を主宰していることに拠ります。今回この場をお借りして、広島の素読塾がどのように始まり、現在どのように活動しているかをご紹介したいと思います。

 まず2015年に「小林秀雄に学ぶ塾in広島 発足記念講演会」を開催し、池田雅延塾頭と茂木健一郎塾頭補佐に講演をして頂きました。以降、年に2回池田塾頭を広島にお招きし、ご講義をして頂けることとなりました。しばらくすると「ご講義がない期間にも、広島のメンバーで勉強会ができないか」という声があがり、それならば、小林先生が岡潔さんとの対話『人間の建設』(同第25集所収)でその大切さを強く説かれている「素読」を行ってみてはどうか、作品は、小中学生に向けて書かれていながら、小林先生の思想の核心部分が詰まっている『美を求める心』にするのが一番よいのではないか、ということで2017年にスタートしました。当初は2ヶ月に一度でしたが、回を重ねるごとにこの時間がいかに大切であるかを皆が感じ始め、参加者の要望により、現在は月に一度開催しています。

 素読の方法は、全員が輪になるように着席し2回行います。まず1回目は、吉田宏がリーダーとして読み、皆がそれについて行きます。1回素読をするのに約40分かかります。終わったら10分程度休憩して、2回目は、作品を十段落に分け、段落ごとにリーダーを交代していきます。2回の素読が終わると、余韻を味わいつつ皆でしばらく沈黙します。それは「物の美しい姿」を黙って見続けるということを、自ずから実践しているようでもあります。毎回気づきなどはありますが、各自、心の中に収めて塾は終了し、翌月また集まり一緒に挑んでいきます。

 素読には『美を求める心』に書かれている大切な要素がたくさん含まれていると感じます。何も考えずに文章を自分の中に叩き込んでいくこの時間の中では、途中で何かを思ったとしても立ち止まることはできません。「心の中でお喋り」をする暇などないのです。素読で『美を求める心』の姿を正しく豊かに感じ、実人生に活かしていけるよう、これからも真摯に取り組んでいきたいと思います。

 コロナによる中断もありましたが、2023年11月現在で素読した回数は56回になりました。目標は100回です。ここで、現在共に頑張っている広島の素読塾の仲間を紹介します。
大畑律子さん、岡本卓也さん、鬼原祐也さん、種子田正一郎さん、森原和子さん、森本ゆかりさん(五十音順) 、吉田宏、そして私です。
 以前の広島でのご講義開催時は、会場の机をコの字型にして、この貴重な学びの時間を全員で形作っていきたいという熱意が常にありました。「私塾レコダ l’ecoda」のZoomにおいても広島のメンバーの思いは変わらず、ほとんどの人が毎回顔を映していますので、画面で参加者を見る機会がありましたら、ここに書きましたことを思い出していただければ幸いです。

この記事を書いた人

目次