小林秀雄と人生を読む夕べ
この講座は、第一部、第二部の二部構成になっています。
前半の第一部は、「小林秀雄山脈五十五峰縦走」と題して、小林先生の作品を五十五作、講師池田雅延が選んで各回一作ずつ読んでいきます。小林先生六十年の作品系列を池田は飛騨山脈、奥羽山脈などの山並に見立てて「小林秀雄山脈」と呼んでいますが、そのなかでもひときわ高く、美しくそびえる五十五作を特に選んで「小林秀雄山脈五十五峰」と名づけ、≪私塾レコダ l'ecoda≫の熟読翫味作としました。
そして後半の第二部は、「小林秀雄 生き方の徴(しるし)」と題して、「考えるということ」「常識とは何か」「歴史とは何か」など、誰にとっても「いかに生きるべきか」の急所に関わる言葉を順次取り上げ、これらの言葉について小林先生はどう言われているかをお話しします。
「小林秀雄山脈五十五峰」「小林秀雄 生き方の徴」とも、より詳しくは「l’ecoda講話覚書 Ⅰ 開講にあたって」でご案内します。
令和8年3月の講座ご案内
●3月12日(木)19:00~21:00
ご注意下さい、
「小林秀雄と人生を読む夕べ」は毎月第3木曜日に開講していますが、本年3月の第3木曜日19日は翌20日(金、祝日)から21日(土)、22日(日)と3連休にもなりますのでお休みとし、第2木曜日の12日に繰り上げて開講します。
小林秀雄と人生を読む夕べ
第一部 小林秀雄山脈五十五峰縦走
第三十三峰「中原中也の思い出」(「小林秀雄全作品」17集所収)
昭和二四年(一九四九)八月発表 四七歳
中原中也は詩人です、大正十四年(一九二五)春、恋人とともに上京し、まもなく小林先生と知りあいますが、先生は秋、その中原の恋人と同棲します。この出来事について中原はほとんど語っておらず、小林先生も中原の死後、中原を思い出すなかで「悔恨の穴は暗くて深い」とだけ言い、そこから中原の全人生を覆っていた悲しみを思い出していきます。中原は、その悲しみを告白によって汲み尽そうとしたが、告白はまた新しい悲しみを作り出した……。小林先生の思い出は、中原と二人で見た鎌倉妙本寺境内の海棠の名木とともにあります、ですが、その海棠も、中原を追うかのように枯死しています。
第二部 小林秀雄 生き方の徴(しるし)
「悲し」という言葉
小林先生の「中原中也の思い出」は、終盤に至って次のように言われます。
――中原の事を想う毎に、彼の人間の映像が鮮やかに浮び、彼の詩が薄れる。詩もとうとう救う事が出来なかった彼の悲しみを想うとは。それは確かに在ったのだ。彼を閉じ込めた得態の知れぬ悲しみが。彼は、それをひたすら告白によって汲み尽くそうと悩んだが、告白するとは、新しい悲しみを作り出す事に他ならなかったのである。……
小林先生のこの言葉は、同じく小林先生の「モオツアルト」(「小林秀雄全作品」第15集所収)の、――モオツアルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。空の青さや海の匂いの様に、「万葉」の歌人が、その使用法をよく知っていた「かなし」という言葉の様にかなしい。……と響き合います。
小林先生にあっては詩も音楽も批評も、「悲し」という言葉と一対でした、ということは、私たちが人生をより深く知るよすがは「悲し」であると言えるかもしれません。3月12日にはそのあたりの視野を広げようと思います。
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